出典:裁判所ホームページ http//www.courts.go.jp
判例時報2003号 51頁
賃料自動改訂特約について
建物賃貸借契約においては、賃料自動改訂特約を定めるケースがあります。特に、建築会社が、建物を建築した後、建物所有者との間で、サブリース原契約を締結し、転貸事業を行う場合には、契約締結時時に、賃料自動改訂特約を定めておくことにより、建物所有者に安定した賃料収入を確保させることを条件に、建物の建築計画を進めることがよくあります。しかし、経済事情の変動や周辺相場との関係で不相当になり賃料自動改訂特約を維持することが困難な場合に、借地借家法32条の賃料増減請求権の適用が認められております。
そこで、賃料自動改訂特約が存する場合において、自動改訂特約に基づく賃料額が不相当になったとする判断はどのような基準でなされるのかについて、最近最高裁において判断が示されましたので紹介致します。
事案
(1)
AとBは,平成3年12月24日,Aの所有地に,Bが指定した仕様に基づく施設及び駐車場を建設し,レジャー,スポーツ及びリゾートを中心とした15年間の継続事業を展開することを内容とする協定を結んだ。
(2)
AとBは,平成4年12月1日,前記(1)の協定を実施するため,AがBに対しその建設した本件建物を賃貸する旨の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し,Aは,そのころ,Bに対し本件建物を引き渡した。本件賃貸借契約の内容は次のとおりであり,一定期間経過後は純賃料額を一定の金額に自動的に増額する旨の賃料自動増額特約(イ(ア)記載のもの。以下「本件自動増額特約」という。)が含まれている。
ア 期間平成4年12月1日から15年間
イ 賃料
次の(ア)の約定純賃料及び(イ)の償却賃料の合計額を月額賃料とする。
(ア)
約定純賃料(月額)
a 平成4 年1 2 月1 日~ 平成7 年1 1 月30 日360万円
b 平成7 年1 2 月1 日~ 平成9 年1 1 月30 日369万円
c
平成9年12月1日~平成14年11月30日441万4500円
d 平成14年12月1日~平成19年11月30日451万9500円
(イ) 略
ウ 略
エ 賃料の改定
消費者物価指数の変動及び経済情勢の変動が予期せざる程度に及び,本件建物の約定純賃料が著しく不相当となった場合は,上告人及び被上告人で協議の上,これを改定することができる。
(3)
本件賃貸借契約後,本件建物の所在する大阪府下の不動産市況は下降をたどり,不動産の価格も下落し続けている。
(4) 賃料減額請求
ア Bは,平成9年6月27日ころ,Aに対し,同年7月1日をもって本件建物の約定純賃料を減額する旨の意思表示をした(以下「第1減額請求」という。)。
イ Bは,平成13年11月26日,Aに対し,同年12月1日をもって本件建物の約定純賃料を減額する旨の意思表示をした(以下「第2減額請求」といい,第1減額請求を併せて「本件各減額請求」という。)。
判旨
借地借家法32条1項の規定は,強行法規であり,賃料自動改定特約によってその適用を排除することはできないものである(最高裁昭和28年(オ)第861号同31年5月15日第三小法廷判決・民集10巻5号496頁,最高裁昭和54年(オ)第593号同56年4月20日第二小法廷判決・民集35巻3号656頁,最高裁平成14年(受)第689号同15年6月12日第一小法廷判決・民集57巻6号595頁参照)。
そして,同項の規定に基づく賃料減額請求の当否及び相当賃料額を判断するに当たっては,賃貸借契約の当事者が現実に合意した賃料のうち直近のもの(以下,この賃料を「直近合意賃料」という。)を基にして,同賃料が合意された日以降の同項所定の経済事情の変動等のほか,諸般の事情を総合的に考慮すべきであり,賃料自動改定特約が存在したとしても,上記判断に当たっては,同特約に拘束されることはなく,上記諸般の事情の一つとして,同特約の存在や,同特約が定められるに至った経緯等が考慮の対象となるにすぎないというべきである。
したがって,本件各減額請求の当否及び相当純賃料の額は,本件各減額請求の直近合意賃料である本件賃貸借契約締結時の純賃料を基にして,同純賃料が合意された日から本件各減額請求の日までの間の経済事情の変動等を考慮して判断されなければならず,その際,本件自動増額特約の存在及びこれが定められるに至った経緯等も重要な考慮事情になるとしても,本件自動増額特約によって増額された純賃料を基にして,増額前の経済事情の変動等を考慮の対象から除外し,増額された日から減額請求の日までの間に限定して,その間の経済事情の変動等を考慮して判断することは許されないものといわなければならない。
本件自動増額特約によって増額された純賃料は,本件賃貸契約締結時における将来の経済事情等の予測に基づくものであり,自動増額時の経済事情等の下での相当な純賃料として当事者が現実に合意したものではないから,本件各減額請求の当否及び相当純賃料の額を判断する際の基準となる直近合意賃料と認めることはできない。
しかるに,原審は,第1減額請求については,本件自動増額特約によって平成7年12月1日に増額された純賃料を基にして,同日以降の経済事情の変動等を考慮してその当否を判断し,第2減額請求については,本件自動増額特約によって平成9年12月1日に増額された純賃料を基にして,同日以降の経済事情の変動等を考慮してその当否を判断したものであるから,原審の判断には,法令の解釈を誤った違法があり,この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
最高裁の基準の本事案への適用
最高裁が今回示した基準は、従来からの判例において前提としていたものを明確にしたものですが、その内容は、賃料の増減請求が起こされた場合には、当該請求の当否及び相当賃料額を判断するに当たり基礎とすべき賃料及び考慮すべき経済事情の変動等の期間については、当該増減請求の直近合意賃料を基にして、その日から増減請求がされた日までの間の経済事情の変動等を考慮して判断されなければならないとするものです。
このため、本事案では、まず第1減額請求の当否及び相当賃料の額については、直近合意賃料である平成4年12月1日合意された賃料、月額金360万円を基にして、同日から第1減額請求がなされた平成9年6月27日までの間の公租公課や物価の変動等の経済事情の変動や近隣相場との乖離等を考慮して判断されることとなります。
つぎに、第2減額請求の当否及び相当賃料の額については、第1減額請求の一部又は全部が認容されるとすれば、これが直近合意賃料と同視されるものとなるため、その認容額を基準として、第1減額請求の日からその後の経済事情の変動や近隣相場等の諸事情を考慮して判断されることとなります。しかし、第1減額請求が全く認容されなかったときは、直近合意賃料は、契約締結日である平成4年12月1日に合意された賃料である月額金360万円が基となり、その日から、第2減額請求がなされた平成13年11月26日までの経済事情の変動や近隣相場等を考慮して判断されることとなります。
以上のとおり、今回の最高裁判例は、賃料自動改訂特約が存する場合において、その賃料額が不相当となった場合における賃料増減請求の当否及び相当賃料の額を判断するに当たり基礎とすべき賃料及び考慮すべき経済事情の変動等の期間についての明確な判断基準を示したものであるため、賃料自動改訂特約があるサブリース原契約において、賃料増減請求権の行使を検討している場合には、今回の最高裁の判断を基準にしてその請求の当否及び金額について判断する必要があると考えられます。