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弁護士・亀井英樹先生の法律ノウハウ

賃貸借契約と消費者契約法に関する最近の判例について

出典:ウエストロー・ジャパンホームページ(http://www.westlawjapan.com/

1 賃貸借契約と消費者契約法に関する最近の判例

賃貸借契約と消費者契約法に関しては、現在最高裁に上告されている大阪高裁の判決が有名ですが、それ以外にも地裁レベルで判決が出されております。
特に最近東京地裁で相次いで出された更新料特約及び敷引特約に関する判決は、首都圏における更新料及び敷引に関する特約についての判断として重要な指針になると思いますので紹介させていただきます。

2 東京地裁平成22年 2月22日敷引特約判決

(1) 事案
本件は、原告が被告との間で建物の定期借家契約を締結し、敷金として賃料の2か月分である26万6000円を被告に交付したが、賃貸借契約終了後、①上記契約中の敷金に係る特約により、敷金から賃料の1か月分13万3000円、及び②原状回復費用3万4815円を差し引かれた額の返還を受けたことから、上記特約は無効であり、かつ、原告が負担すべき原状回復費用は6865円を超えるものではないとして、被告に対し、敷金返還請求権に基づき、16万1265円の返還を求めた事案です。

(2) 判旨
① 消費者契約法10条前段の要件について
敷金については、本来、賃借人がその債務を担保する目的をもって賃貸人に交付するものであって、賃貸借終了の際において賃借人の債務不履行がないときは賃貸人はその全額を返還すべきものであるから(大審院大正15年7月12日判決・民集5巻9号616頁)、賃借人の債務不履行の有無を問わず敷金から一定額が差し引かれることを認める本件敷引特約は、賃貸借契約に関する「任意規定」(上記判例法理)による場合に比し、賃借人の義務を加重するものと認められる。

② 消費者契約法10条後段の要件について

  1. 上記規定は、同条により消費者契約の条項が無効とされる要件として、「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」であることを挙げる。
    そして、消費者契約法の目的は、「消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差にかんがみ、・・・消費者の利益を不当に害することとなる条項の全部又は一部を無効とする・・・ことにより、消費者の利益の擁護」を図ろうとすることにあるから(同法1条)、同法10条の「民法1条2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」に該当する契約条項であるためには、消費者と事業者との間にある情報、交渉力の格差を背景にして、事業者の利益を確保し、あるいは、その不利益を阻止する目的で、本来は法的に保護されるべき消費者の利益を信義則に反する程度にまで侵害し、事業者と消費者の利益状況に合理性のない不均衡を生じさせるような不当条項である必要があると解される。
    以上の観点から、本件敷引特約を検討する。
  2. まず、本件敷引特約の性質との関係で、合理的根拠があるか否かを検討する必要がある。
    いわゆる敷引金の性質について、一般的には、①礼金(賃貸借契約成立の対価)、②自然損耗料(賃借建物の通常の使用による損傷部分の補修費)、③空室損料(次の賃借人が入居するまでの賃料収入の補償)、④賃貸借契約更新時の更新料を免除する対価、⑤賃料を低額にすることの代償などの趣旨を持つとされており、本件において、被告は、空室損料及び⑥広告宣伝費であるとしているが、本件では何れの趣旨も合理性的な根拠をもたないと言わざるを得ない。
  3. 問題は、消費者である原告と事業者である被告との間にある情報、交渉力の格差を背景にして、原告の利益を信義則に反する程度にまで侵害したものと評価できるか否かである。
    まず、本件敷引特約の内容については、「重要事項説明書」、「賃貸紛争防止条例に基づく説明書」、「再契約型定期建物賃貸借・住居契約書」(いずれも甲1)に明記されており、本件契約終了時に敷金1か月分が当然に差し引かれることは、消費者である原告において容易に理解できたと認められる(但し、本件敷引特約の性質についての説明は、十分とはいえない)。
    また、本件契約締結当時の住宅事情及び情報提供に係る社会状況からすれば、賃貸建物については相当の供給量があり、賃貸人が賃借人に対して一般的に優位な立場にあったとはいえず、契約条件の検討に関する情報も、不動産仲介業者やインターネット等を通じて容易に検索し、賃借人が比較検討できる状況にあったものと認められ(当裁判所に顕著な事実)、原告においても、現にインターネットで検索した情報を書証として提出しているから、本件契約の条件と他の賃貸物件の契約条件を比較し、本件敷引特約を含む本件契約を締結すべきか否かを十分に検討できたはずである。
    そして、本件敷引特約における敷引額は賃料の1か月13万3000円であり、契約期間満了の場合であれば、1か月あたり1万1000円程度の賃料の上乗せとなるが、再契約をすれば、1か月当たりの負担額はそれより低額となる。本件では、利用の対価を支払う賃貸借の性質からすれば、結果として、使用期間に対してやや重い負担となったようにもみえるが、それは、原告の意思により本件契約を中途解約したためである。
    そうすると、本件敷引特約をもって直ちに賃借人(原告)の利益を信義則に反する程度にまで侵害したとみることはできない。

3 平成22年2月22日東京地裁更新料判決
(1) 事案
原告は、平成9年9月5日、被告Y1に対し、本件建物を以下の約定で貸し渡した(甲2。以下「本件賃貸借契約」という)。
① 期間 平成9年9月20日から平成11年9月19日まで
② 賃料 月額11万円
③ 共益費 月額4000円
④ 弁済期 毎月28日までに翌月分を前払い
⑤ 更新料 新賃料の1か月分を支払う(以下「本件特約」という)。
⑥ 解除に係る特約 被告Y1が、賃料、その他本件賃貸借契約上の債務の支払を1か月以上怠ったときは、本件賃貸借契約を催告なしに解除することができる。
その後、本件賃貸借契約は、2年ごとに合計5回更新され、5回目の更新契約による契約期間は、平成19年9月20日から平成21年9月19日までであった。また、賃料は、1回目の更新の際に月額10万3000円へ、3回目の更新の際に月額10万1000円へそれぞれ変更されたが、その他の点では賃貸借契約の内容は変更されていない。(甲7ないし11)
被告Y2は、平成9年9月14日、原告に対し、被告Y1の本件賃貸借契約上の債務につき、連帯保証をした。(甲2ないし4)
被告Y1は、平成20年12月ころから、本件賃貸借契約に基づく賃料及び共益費の支払を怠るようになり、平成21年3月はじめの時点で、滞納額は、29万5000円に達した(以下「本件滞納賃料等」という)。
被告Y1は、本件特約に基づき、本件賃貸借契約の5回の更新の際に、原告に対し、合計50万9000円の更新料を支払ってきたところ、本件特約は消費者契約法に反し無効であるから、同額の不当利得返還請求権を有する。この不当利得返還請求権を自働債権として、原告の本件滞納賃料等の請求権を受働債権として、対当額において、相殺する旨の意思表示を本件第3回口頭弁論期日においてした。

(2)  判旨
本件特約及びそれに基づく更新の合意が消費者契約法10条に反するか否かを検討する。消費者契約法の目的は、「消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差にかんがみ、・・・消費者の利益を不当に害することとなる条項の全部又は一部を無効とする・・・ことにより、消費者の利益の擁護」を図ろうとすることにあるから(同法1条)、同法10条の「民法1条2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」に該当する契約条項であるためには、消費者と事業者との間にある情報、交渉力の格差を背景にして、事業者の利益を確保し、あるいは、その不利益を阻止する目的で、本来は法的に保護されるべき消費者の利益を信義則に反する程度にまで侵害し、事業者と消費者の利益状況に合理性のない不均衡を生じさせるような不当条項である必要があると解される。そして、本件賃貸借契約における更新料の額は、更新後の賃料の1か月分にすぎず、更新後の契約期間が2年間であることにかんがみると、実質的に当該契約期間に賃借人が支払う総賃料額の4%にすぎないのであるから、その有効性を認めたとしても、名目上の賃料を低く見せかけ、情報及び交渉力に乏しい賃借人を誘引するかのような効果が生じるとは認められない。さらに、賃貸人側の原状回復(リフォーム)及び修理・維持(メンテナンス)に要する諸費用の負担、空室率や賃料不払等のリスクの負担を考慮すれば、この程度の更新料が、消費者である賃借人と賃貸人との間に合理性のない不均衡を生じさせるものとは認められない(消費者契約法10条違反を認めた大阪高裁平成21年8月27日判決の事案は、賃料が月額4万5000円であるのに、更新料は10万円であって、かつ、更新の期間は1年であったから、本件よりも賃借人に相当不利な条項である)。
以上によれば、消費者契約法違反をいう被告Y1の主張は、採用できない。

4 二つの東京地裁判決について
(1) 敷引特約判決について
敷引特約に関する判決については、敷引の性質について、何れも合理性が無いとして、その性質の合理性を否定している点は、これまでの敷引特約に関する判例とは異なって、敷引特約の合理性については否定しようとするもので、理解が困難であるものの、消費者契約法10条に定める「一方的」の該当性に関する判断、すなわち「消費者である原告と事業者である被告との間にある情報、交渉力の格差を背景にして、原告の利益を信義則に反する程度にまで侵害したものと評価できるか否か」について、敷金1か月程度の敷引であり、事前にインターネット等で十分に検討できた筈であり、重要事項説明等で理解できている等と判示して、敷引特約の有効性を認めております。
敷引特約に関しては、簡裁における高額な敷引条件を前提として無効とする判決が出されており、敷引特約が無効であるという誤解も生じておりましたので、本判決は、敷引の条件等により敷引特約が有効である場合があることを明確にしている点で着目すべき判例であると思います。

(2) 更新料特約判決について
更新料特約に関する判決は、現在大阪高裁の判決が最高裁で審議中であり、その結論について注目が集まっておりますが、本件賃貸借契約における更新料の額は、更新後の賃料の1か月分にすぎず、更新後の契約期間が2年間であることにかんがみると、実質的に当該契約期間に賃借人が支払う総賃料額の4%にすぎないのであるから、その有効性を認めたとしても、名目上の賃料を低く見せかけ、情報及び交渉力に乏しい賃借人を誘引するかのような効果が生じるとは認められない。さらに、賃貸人側の原状回復(リフォーム)及び修理・維持(メンテナンス)に要する諸費用の負担、空室率や賃料不払等のリスクの負担を考慮すれば、この程度の更新料が、消費者である賃借人と賃貸人との間に合理性のない不均衡を生じさせるものとは認められないと判示しており、大阪高裁で争われている事案とは更新料特約の条件に明白に際があることを明らかにしています。
このように、更新料支払い特約についても、更新料支払い特約そのものが無効であるかのような誤解がありますが、本判決は、更新料支払い特約について、その条件の内容によって有効となる場合が存在することを明示しており、最高裁判決の内容を予測する上でも参考になる判決であると思います。

2010.10/19

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亀井英樹(かめいひでき)
東京弁護士会所属(弁護士)
昭和60年中央大学法学部卒業。平成4年司法試験合格。
平成7年4月東京弁護士会弁護士登録、ことぶき法律事務所入所。
詳しいプロフィールはこちら ≫

【著 作 等】
「新民事訴訟法」(新日本法規出版)共著
「クレームトラブル対処法」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修
「管理実務相談事例集」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修
「賃貸住宅の紛争予防ガイダンス」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修