出典:裁判所ホームページ
http://www.courts.go.jp
【1】はじめに
平成23年7月15日に更新料支払い特約に関する最高裁判決が下されたことは、既に紹介したとおりです。(記事はこちら)
しかし、この更新料支払い特約に関する最高裁判決だけを見ても、必ずしも、最高裁の賃貸借に関する考え方が理解できるとは限りません。そこで今回は、更新料判決を含めて、最近の最高裁判決の流れを紹介したいと思います。
【2】最高裁平成17年12月16日判決について
最高裁判決の最近の流れを理解する上で最も重要と考えられるのは、原状回復特約に関する平成17年12月16日の最高裁判決です。
今回の更新料判決も原状回復特約に関する判決を踏まえて判断されたものと考えられます。このため、まず、原状回復特約について、最高裁がどのような判断を行っているか理解することが必要となります。平成17年12月16日判決の判旨は以下のとおりです。
【判 旨】
建物の賃借人にその賃貸借において生ずる通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは、賃借人に予期しない特別の負担を課すことになるから、賃借人に同義務が認められるためには、少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約(以下「通常損耗補修特約」という。)が明確に合意されていることが必要である
と解するのが相当である。以上のとおり、平成17年12月16日判決においては、原状回復特約の有効性の判断基準として「賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約(以下「通常損耗補修特約」という。)が明確に合意されていること」が特約の要件として示されました。
【3】最高裁平成23年3月24日判決について
平成17年12月16日に原状回復特約に関する最高裁判断が示されて以降、最高裁において、賃貸借契約の特約に関する判決は出されていませんでした。しかし、その間も下級審においては、原状回復特約だけでなく、敷引特約や更新料支払い特約など様々な特約が消費者契約法との関係で争われるようになり、最高裁の判断が待たれておりました。
そして、平成23年3月24日、最高裁は、敷引特約に関して、下級審においても消費者契約法との関係で無効と判断される事例が多かったのですが、以下のとおり、敷引特約に関する消費者契約法との関係でも有効となる判断基準を明らかにしました。平成23年3月24日の判旨は以下のとおりです。
【判 旨】
消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約は、当該建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額、賃料の額、礼金等他の一時金の授受の有無及びその額等に照らし、敷引金の額が高額に過ぎると評価すべきものである場合には、当該賃料が近傍同種の建物の賃料相場に比して大幅に低額であるなど特段の事情のない限り、信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものであって、消費者契約法10条により無効となる
と解するのが相当である。本件敷引金の額が、契約の経過年数や本件建物の場所、専有面積等に照らし、本件建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額を大きく超えるものとまではいえない。
また、本件契約における賃料は月額9万6000円であって、本件敷引金の額は、上記経過年数に応じて上記金額の2倍弱ないし3.5倍強にとどまっていることに加えて、上告人は、本件契約が更新される場合に1か月分の賃料相当額の更新料の支払義務を負うほかには、礼金等他の一時金を支払う義務を負っていない。以上のとおり、平成23年3月24日の最高裁判決は、敷引特約について、本件では有効と解しましたが、消費者契約法10条により無効となる場合として下記のとおりの判断基準を示しました。
記
当該建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額、賃料の額、礼金等他の一時金の授受の有無及びその額等に照らし、敷引金の額が高額に過ぎると評価すべきものである場合には、当該賃料が近傍同種の建物の賃料相場に比して大幅に低額であるなど特段の事情のない限り、信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものであって、消費者契約法10条により無効となる
その結果、今回の判決により、敷引特約に敷引かれる金額が、通常損耗の補修費用(善管注意義務違反による補修費用ではありません)として通常想定される額や、賃料の額、礼金等の一時金の有無及びその額等に照らして高額過ぎる場合には消費者契約法10条により無効となる場合が有ることが、今後紛争となった場合の判断基準になると想定されます。
また、今回の事案が有効と判断されたことから、今後敷引特約について紛争が生じた場合にも、今回の事案と同様の事案、すなわち敷引額について1年未満の場合で賃料額の2倍弱の金額、5年以上の場合で賃料額の3.5倍強の金額であれば高額に過ぎると評価されることはなく消費者契約法10条に反しないと判断される可能性があることとなりました。
【4】最高裁平成23年7月12日判決について
最高裁は平成23年3月24日判決において敷引特約の有効性に関する判断基準を示しましたが、更に、平成23年7月12日にも、敷引特約に関して、再度有効性に関する判断基準を示しています。この結果、敷引特約の有効性については最高裁における基準が確立されたと評価できるのではないかと思います。平成23年7月12日判決の判旨は以下のとおりです。
【判 旨】
賃貸人は、通常、賃料のほか種々の名目で授受される金員を含め、これらを総合的に考慮して契約条件を定め、また、賃借人も、賃料のほかに賃借人が支払うべき一時金の額や、その全部ないし一部が建物の明渡し後も返還されない旨の契約条件が契約書に明記されていれば、賃貸借契約の締結に当たって、当該契約によって自らが負うこととなる金銭的な負担を明確に認識した上、複数の賃貸物件の契約条件を比較検討して、自らにとってより有利な物件を選択することができるものと考えられる。
消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約は、敷引金の額が賃料の額等に照らし高額に過ぎるなどの事情があれば格別、そうでない限り、これが信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものということはできない
(最高裁平成21年(受)第1679号同23年3月24日第一小法廷判決・民集65巻2号登載予定参照)。平成23年7月12日の最高裁判決は、3月24日の最高裁判決とほぼ同様の結論であると思いますが、以下の点について特徴があると思います。
以上のとおり、今回の最高裁判決では、敷引額として賃料の3.5倍程度では消費者契約法10条に違反するような高額過ぎるものではないと判断した点で、敷引特約の有効性の範囲について一定の判断基準が示されたと考えられます。
【5】最高裁平成23年7月15日判決
平成23年7月15日の最高裁判決は、前回も紹介しましたが、以上のような一連の最高裁判決を見ますと、今回の判決が決して突然出されたものではなく、これまでの最高裁の判断の流れに沿って判断が示されたことがよく分かると思います。平成23年7月15日の判旨を再度紹介します。
【判 旨】
賃貸借契約書に一義かつ具体的に記載され、賃貸借当事者間に更新料支払いの明確な合意が成立している場合には、
賃借人と賃貸人間との間で、更新料条項に関する情報の質及び量並びに交渉力について、看過しがたいほどの格差が存するとみることもできない。更新料の額が賃料の額、賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情が無い限り
、消費者契約法10条にいう「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」には当たらない。平成23年7月15日の最高裁判決は、更新料条項は原則として有効である旨の判断を示しました。すなわち、最高裁が上記判決において、
賃貸借契約書に一義かつ具体的に記載され、賃貸借当事者間に更新料支払いの明確な合意が成立している場合には、
賃借人と賃貸人間との間で、更新料条項に関する情報の質及び量並びに交渉力について、看過しがたいほどの格差が存するとみることもできない。」と判示して、更新料条項が消費者契約法10条との関係でも有効となる条件を明らかにしています。
そして、上記の最高裁判決においては、更新料条項が消費者契約法10条により無効となる場合として、特段の事情が存在することを要することを示しました。すなわち、最高裁は上記判決において、
更新料の額が賃料の額、賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情が無い限り
、消費者契約法10条にいう民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものには当たらない。」
と判示し、更新料条項が、消費者契約法10条との関係で無効と評価される「消費者の利益を一方的に害する」ものと認められるためには、「更新料の額が賃料の額、賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情」が存在することが必要であるとし、その点について主張立証責任は賃借人側が負担することを明らかにしております。
上記の最高裁判決においては、何れの事例の更新料条項についても一義且つ明確に記載されているため、更新料条項は消費者契約法10条との関係で原則として有効であること、さらに、消費者の利益を一方的に害するような特段の事情も存在しないことが示されました。
この結果、賃貸借契約書において更新料条項を記載するに当たり、契約期間を1年とする場合に更新料を2か月分余りとする更新料条項も、消費者契約法10条に該当せず有効となることが明らかになりました。
【6】一連の最高裁判決について
以上のように、最近の最高裁判決の判旨を紹介してきましたが、直近の更新料判決だけでなく、平成17年の原状回復特約に関する判決を見ましても、最高裁が一貫して、特約について当事者間において明確に合意すれば有効であると判断しております。昨今、消費者契約法第10条を拡大解釈して、当事者間に明確な合意が存在する特約であっても消費者契約法10条に基づき無効とする下級審判例も存在しましたが、今回の更新料判決を初めとする最近の最高裁判決を見る限り、そのような消費者契約法10条の拡大解釈に対しては一定の歯止めがかかったと判断できるのではないかと思います。
そして、この一連の最高裁判決により、当事者間で賃貸借契約の特約に関して当事者間で明確な合意がなされれば、消費者契約法の下でも原則として有効と判断され、これにより、賃貸人と賃借人間の消費者契約法の拡大解釈により増加していたトラブルが収束に向かうのではないかと期待しております。