弁護士・亀井英樹先生の法律ノウハウ
原状回復ガイドラインの変更内容について
【1】原状回復ガイドラインの改正
平成16年に改正されました原状回復ガイドラインが、平成23年8月16日、新たに改正された内容が公表されました。正式な内容は、国土交通省において下記のホームページ上で公表されております。
<国土交通省>
「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(再改訂版)の公表について
http://www.mlit.go.jp/report/press/house03_hh_000060.html
「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(再改訂版)
http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/torikumi/honbun.pdf
原状回復ガイドラインが変更になれば、契約書の改訂、原状回復に関する社内基準の見直し、賃借人や消費者への説明の変更、明渡立会確認作業の見直し、修繕計画や修繕費用割合の見直し等賃貸経営に関わる多岐の変更が余儀なくされます。
したがって、今回の変更点を速やかに把握して、実務に反映させることは賃貸業務において極めて重要です。
改訂の概要については、既に7月12日の記事で紹介しておりますので、今回は、具体的な改正点である別表1の損耗・毀損の事例区分(部位別)一覧表及び別表2
賃借人の原状回復義務等負担一覧表について説明します。
【2】損耗・毀損事例区分(別表1)の改正
今回の改正では、別表1の損耗・毀損の事例区分について、下記の点が変更になっています。
- (ア)床
床については、賃借人の使い方次第で発生したりしなかったりするもの(明らかに通常の使用による結果とはいえないもの)(B区分)について、下記の事項の追加等の変更がありました。
- (1)畳やフローリングの色落ち(賃借人の不注意で雨が吹き込んだことなどによるもの)
(考え方)賃借人の善管注意義務違反に該当する場合が多いと考えられる。
- (2)キャスター付のイス等によるフローリングのキズ、へこみについては削除されました。
- (3)落書き等の故意による毀損の追加
- (イ)壁、天井(クロスなど)
壁、天井についての損耗毀損区分について最も大きな改正点はタバコ等のヤニ・臭いついて、従来A区分すなわち賃借人が通常の住まい方、使い方をしていても発生すると考えられるものとされていたのが、B区分すなわち賃借人の使い方次第で発生したりしなかったりするもの(明らかに通常の使用による結果とはいえないもの)に変更されました。以下のものは全てB区分について改正された事項です。
- (1)タバコ等のヤニ・臭い
(考え方)喫煙等によりクロス等がヤニで変色したり臭いが付着している場合は、通常の使用による汚損を超えるものと判断される場合が多いと考えられる。なお、賃貸物件での喫煙等が禁じられている場合は、用法違反にあたるものと考えられる。
- (2)壁等のくぎ穴、ネジ穴(重量物をかけるためにあけたもので、下地ボードの張替が必要な程度のもの)
(考え方)重量物の掲示等のためのくぎ、ネジ穴は、画鋲等のものに比べて深く、範囲も広いため、通常の使用による損耗を超えると判断されることが多いと考えられる。なお、地震等に対する家具転倒防止の措置については、予め、賃貸人の承諾、または、くぎやネジを使用しない方法等の検討が考えられる。
- (3)クーラー(賃借人所有)から水漏れし、放置したため壁が腐食
(考え方)クーラーの保守は所有者(この場合賃借人)が実施すべきであり、それを怠った結果、壁等を腐食させた場合には、善管注意義務違反と判断されることが多いと考えられる。
- (4)落書き等の故意による毀損の追加
- (ウ)建具(襖、柱など)
B区分について以下のとおり訂正されています。
- (1)飼育ペットによる柱等のキズ・臭い
(考え方)特に、共同住宅におけるペット飼育は未だ一般的ではなく、ペットの躾や尿の後始末などの問題でもあることから、ペットにより柱、クロス等にキズが付いたり臭いが付着している場合は賃借人負担と判断される場合が多いと考えられる。なお、賃貸物件でのペットの飼育が禁じられている場合は、用法違反にあたるものと考えられる。
- (2)落書き等の故意による毀損の追加
- (エ)設備、その他(鍵など)
1.A区分について訂正された部分は以下のとおりです。
- (1)エアコンの内部洗浄
(考え方)喫煙等による臭い等が付着していない限り、通常の生活において必ず行うとまでは言い切れず、賃借人の管理の範囲を超えているので、賃貸人負担とすることが妥当と考えられる。
- (2)設備機器の故障、使用不能(機器の寿命によるもの)
(考え方)経年劣化による自然損耗であり、賃借人に責任はないと考えられる。
2.B区分について訂正された部分は以下のとおりです。
- (1)鍵の紛失、破損による取替え
(考え方)鍵の紛失や不適切な使用による破損は、賃借人負担と判断される場合が多いものと考えられる。
- (2)戸建賃貸住宅の庭に生い茂った雑草
(考え方)草取りが適切に行われていない場合は、賃借人の善管注意義務違反に該当すると判断される場合が多いと考えられる。
【3】賃借人の原状回復義務等負担一覧表(別表2)の改正
- (ア)基本的な考え方の改正点
別表2の原状回復義務等負担一覧表については、まず基本的な考え方のうち、経過年数の考慮について、最終残存価値は当初価値の10%から1円とされ、賃借人の負担割合は最低1円となるように改正されました。
- (イ)床(畳、フローリング、カーペットなど)
床等の経過年数の考慮等については下記のとおり改正がされています。
- (1)畳床、カーペット、クッションフロア
6年で残存価値1円となるような直線(または曲線)を想定し、負担割合を算定する。
- (2)フローリング
経過年数は考慮しない。ただし、フローリング全体にわたっての毀損によりフローリング床全体を張り替えた場合は、当該建物の耐用年数で残存価値1円となるような直線を想定し、負担割合を算定する。
- (ウ)壁、天井(クロスなど)
賃借人の負担単位等及び経過年数の考慮等について、下記のとおりの改正がなされています。
- (1)賃借人の負担単位等
タバコ等のヤニや臭い
クリーニングで済む程度のヤニは、通常の使用による損耗であり、賃借人の負担はないものとし、張替えが必要な程度に汚損している喫煙等により当該居室全体においてクロス等がヤニで変色したり臭いが付着した場合のみ、当該居室全体のクリーニングまたは張替費用を賃借人負担とすることが妥当と考えられる。
- (2)経過年数の考慮等壁
壁(クロス)は、6年で残存価値1円となるような直線(または曲線)を想定し、負担割合を算定する。
- (エ)建具(襖、柱など)
経過年数の考慮等について、下記のとおりの改正がされています。
- (1)襖、障子等の建具部分、柱は経過年数は考慮しない。(考慮する場合は当該建物の耐用年数で残存価値1円となるような直線を想定し、負担割合を算定する。)
- (オ)設備、その他(鍵、クリーニングなど)
経過年数の考慮等について、下記のとおりの改正がされています。
- (1)設備機器は、耐用年数経過時点で残存価値1円となるような直線(または曲線)を想定し、負担割合を算定する(新品交換の場合も同じ)。
- (2)主な設備の耐用年数
また、今回の改正により設備の耐用年数について細分化が図られました。
- (I)耐用年数5年のもの
・流し台
- (II)耐用年数6年のもの
・冷房用、暖房用機器(エアコン、ルームクーラー、ストーブ等)
・電気冷蔵庫、ガス機器(ガスレンジ)
・インターホン
- (III)耐用年数8年のもの
・主として金属製以外の家具(書棚、たんす、戸棚、茶ダンス)
- (IV)耐用年数15年のもの
・便器、洗面台等の給排水
・衛生設備 ・主として金属製の器具・備品
- (V)当該建物の耐用年数が適用されるもの
・ユニットバス、浴槽、下駄箱(建物に固着して一体不可分なもの)
【4】結語
以上のとおり、今回の改正の内容を見ていくと、タバコのヤニによる汚れについての損耗・毀損の区分が変更されたり、設備の耐用年数が細分化された上、経過年数等の考慮が、税制の改正にあわせて、耐用年数経過後は1円になるなどの大きな変更が認められます。
したがって、特に契約時の契約条件等の開示及び退去時の原状回復費用の明示については、早急に対応について検討する必要があると思います。
原状回復ガイドラインは法的な拘束力を持つものではなく、実務上の指針ではありますが、今後、原状回復に関するトラブルが発生したときには、訴訟においても改正前の旧基準ではなく、新基準で判断される可能性が高いと考えられますので、今回の改正内容に対する対策については、早急に対応されることをお勧めします。
2011.10/18
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亀井英樹(かめいひでき)
東京弁護士会所属(弁護士)
昭和60年中央大学法学部卒業。平成4年司法試験合格。
平成7年4月東京弁護士会弁護士登録、ことぶき法律事務所入所。
詳しいプロフィールはこちら ≫
【著 作 等】
「新民事訴訟法」(新日本法規出版)共著
「クレームトラブル対処法」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修
「管理実務相談事例集」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修
「賃貸住宅の紛争予防ガイダンス」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修