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弁護士・亀井英樹先生の法律ノウハウ

定額補修費特約に関するさいたま地裁平成22年3月18日判決について

出典:裁判所ホームページ
http://www.courts.go.jp/

【1】定額補修費特約
原状回復に関しては、補修費を定額として、自然損耗部分も含めて、賃借人の負担とする特約(以下「定額補修費特約」といいます)が定められている場合があります。
定額補修費特約に関しては、以前京都地裁での判決を紹介したことがありましたが、首都圏においても定額補修費特約に関する判決が最近さいたま地裁で出されたので、その内容を紹介します。

【2】事案

  1. (1)契約条件
    1. 賃貸借期間平成17年1月27日から2年間
    2. 賃料1か月3万1000円
    3. 共益費1か月3000円
    4. 特約ペット飼育が可能であり,これにより賃料を2000円増額する。
    5. 定額補修費   8万円
    6. 敷金      なし
    7. 日割り精算排除
      賃借人が本契約を解約して退去した場合において,その月の入居期間が1ヶ月に満たないときであっても,家賃は1ヶ月分を支払うものとする。
  2. (2) 解約時の定額補修費の充当
    賃借人は賃貸人との間で,本件賃貸借契約を合意解約し,平成20年6月15日,本件貸室を明け渡した。
    賃貸人は、賃借人が退去した後,(1)「洋室クロス張替え5万4000円」(2)「洋室CF交換4万5000円」(3)「ペットによる消毒費3万5000円」(4)「柱のキズ補修費2万円」(5)「床のキズ補修費1万5000円」(6)「クリーニング費2万5000円」及び消費税の費用(合計20万3700円)を支出して,本件貸室の原状回復をした(上記(1)ないし(6)の補修費用を「本件補修費用」という。)。
    そして、賃貸員は、定額補修費を本件補修費用に全額充当し、賃借人に返還しなかったため、賃借人が定額補修費の返還を求めて提訴したもの。

【3】判旨

  1. (1)定額補修費と敷金の関係について
    1. I定額補修費が本件貸室の修復費用に当てられることが合意された金銭であることからすれば,本来は,修復費用がこれを下回れば差額を賃借人に返還すべき筋合いのものである。したがって,被控訴人と控訴人との間で,上記差額を返還しないとの合意が成立している場合を除き,被控訴人は,上記差額の返還義務を負うものと解するのが相当である。
    2. II定額補修費は,敷金そのものではないが,本件貸室の修復費用に当てるものとして賃借人から賃貸人に差し入れられる金銭であり,かつ,実際の修復費用が定額補修費を下回る場合に,その差額を賃借人に対して返還すべき性質のものであることからすると,定額補修費の合意は,このような敷金に類似する性質を有する金銭の預託契約であると解される。
  2. (2)本件補修費用の控除について
    1. I本件補修費用は,いずれも本件貸室の修復費用であり,その中に通常損耗の原状回復費用を含むものであるところ,建物の賃借人にその賃貸借において生ずる通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは,賃借人に予測しない特別の負担を課すことになるから,賃借人に同義務が認められるためには,少なくとも,賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明示されているか,仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には,賃貸人が口頭により説明し,賃借人がその旨を明確に認識し,それを合意の内容としたものと認められるなど,その旨の特約が明確に合意されていることが必要であると解するのが相当である(最高裁平成17年12月16日第二小法廷判決・判例タイムズ1200号127頁)。
    2. IIこれを本件についてみるに,入居者募集要領には,「定額補修費3万円UP,家賃2千円UPで・・・・福祉可!・ペット可!」と記載され,賃借人は,定額補修費の中から,ペット飼育に掛かる汚損・破損の補修費,則ち,ペット飼育により室内に染みついた臭いの消臭や除菌のための消毒の費用を負担することを明確に認識できたことからすると,上記ペット飼育にかかる汚損・破損の補修費については,控訴人と被控訴人との間で,控訴人がこれを通常損耗として負担することが明確に合意されていたものと認められる。したがって,被控訴人は,定額補修費からペットによる消毒費を控除することができる。
      他方,それ以外の本件補修費用については,控訴人と被控訴人との間で,これらを控訴人の負担とすることが明確に合意されているとまでは言い難いから,定額補修費からこれらの費用を控除することはできない。
  3. (3)消費者契約法10条違反について
    1. I定額補修費の合意が,敷金契約と類似する性質を有する金銭預託契約であることは,上記1のとおりである。また,控訴人主張の事実を考慮しても,本件賃貸借契約に権利金や礼金はなく,ペット飼育の賃料増額は1か月2000円であるから,定額補修費の合意が民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものとはいえない。
    2. IIさらに,前提となる事実として認定したとおり,本件賃貸借契約では,ペット飼育を理由に賃料が2000円,定額補修費が3万円それぞれ増額されているところ,このように賃料のみならず定額補修費も増額されていること及び各増額分の額に照らせば,本件賃貸借契約における賃料の増額分は,本件貸室でペットを飼育できるという利益を享受することの対価とみるのが合理的であり,それ以上にペット飼育に伴う賃借物件の劣化又は価値の減少を補填する趣旨を含むものではないと解するのが相当である。
    3. IIIしたがって,本件交付金の差入れ合意は,消費者契約法10条に違反し無効であるとはいえない。
  4. (4)日割り精算排除条項について
    1. I日割精算排除条項及び退去条項によれば,控訴人は,本件賃貸借契約を解約して退去する場合,最長,解約の意思表示が被控訴人に到達した日から3か月間本件賃貸借契約に基づく賃料支払義務を負担することになる。
    2. IIしかしながら,本件賃貸借契約は,期間の定めがあるから,退去条項がなければ一方的な解約はできないのが原則であり,期間の定めのない建物賃貸借契約の場合は解約申入れから3か月間の経過により終了するものとされていることからすると,日割精算排除条項(及び退去条項)が,民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものとはいえない。
    3. IIIしたがって,日割精算排除条項は消費者契約法10条に違反するとはいえない。よって,控訴人は,日割精算排除条項に基づき,平成20年6月分の賃料全額3万1000円の支払義務を負うから,このうち退去後の賃料に相当する分の返還を請求することはできない。
    4. IV他方,共益費は,日割精算排除条項に記載がないから,控訴人は,同月分の共益費3000円のうち退去後の共益費に相当する分は支払義務を負わない。したがって,平成20年6月16日から同月30日分の1500円は不当利得として返還すべきである。

【4】本判決の評価
本判決は、定額補修費特約について、その特約の性質及び返還義務の有無について判断しており、実務上も参考になると考えられます。また、最高裁が示している原状回復特約に関する要件との関係で定額補修特約が有効となる場合並びに消費者契約法10条に違反せず有効であると判断している点も着目すべき点であると思います。
なお、本判決では日割り精算排除条項も消費者契約法10条に違反しないと判断している点も参考になると思います。

2010.12/28

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亀井英樹(かめいひでき)
東京弁護士会所属(弁護士)
昭和60年中央大学法学部卒業。平成4年司法試験合格。
平成7年4月東京弁護士会弁護士登録、ことぶき法律事務所入所。
詳しいプロフィールはこちら ≫

【著 作 等】
「新民事訴訟法」(新日本法規出版)共著
「クレームトラブル対処法」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修
「管理実務相談事例集」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修
「賃貸住宅の紛争予防ガイダンス」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修