今回解説する部分は、原状回復義務の考え方として、どの範囲までが義務なのかを図と表をまじえて紹介されています。
この部分の解説は、非常に重要ですので2回に分けて解説したいと思います。
ポイントは、原状回復の定義がここで示されている事と通常損耗も経年変化も賃料に含まれている事にあります。
--------------ガイドラインP 7 本文抜粋 ここから---------------
II 契約の終了に伴う原状回復義務の考え方
1 賃借人の原状回復義務とは何か
(1) 準契約書の考え方
標準契約書では、建物の損耗等を次の2つに区分している。
1 人の通常の使用により生ずる損耗
2 賃借人の通常の使用により生ずる損耗以外の損耗
これらについて、標準契約書は、1については賃借人は原状回復義務がないと定め、2については賃借人に原状回復義務があると定めている。したがって、損耗等を補修・修繕する場合の費用については、1については賃貸人が負担することになり、2については賃借人が負担することになる。
なお、原状回復の内容・方法、1と2すなわち通常損耗分とそれ以外の区別については当事者間の協議事項とされている。
(2) 本ガイドラインの考え方
本ガイドラインでは、建物の損耗等を建物価値の減少と位置づけ、負担割合等のあり方を検討するにあたり、理解しやすいように損耗等を次の3つに区分した。
1 建物・設備等の自然的な劣化・損耗等(経年変化)
2 賃借人の通常の使用により生ずる損耗等(通常損耗)
3 賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗等
このうち、本ガイドラインでは3を念頭に置いて、原状回復を次のように定義した。
原状回復とは、賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること
したがって、損耗等を補修・修繕する場合の費用については、3の賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他の通常の使用を超えるような使用による損耗について、賃借人が負担すべき費用と考え、他方、例えば次の入居者を確保する目的で行う設備の交換、化粧直しなどのリフォームについては、1、2の経年変化及び通常使用による損耗等の修繕であり、賃貸人が負担すべきと考えた。
なお、このほかに、震災等の不可抗力による損耗、上階の居住者など当該賃借人と無関係な第三者がもたらした損耗等が考えられるが、これらについては、賃貸人が負担すべきものでないことは当然である。
2 建物の損耗等について
上述のように、建物価値の減少にあたる損耗等を分類し、定義しても、結局は具体の損耗等が上記(2)2の通常損耗に該当するのか、(2)3の損耗等に該当するのかが判然としていないと、原状回復をめぐるトラブルの未然防止・解決には役立たない。
標準契約書においては、通常損耗について、具体的な事例として畳の日焼け等を示すにとどまっているが、そもそも、生活スタイルの多様化等により、「通常の使用」といってもその範囲はきわめて広く、判断基準そのものを定義することは困難である(図1)。
そこで、本ガイドラインでは、国民生活センター等における個別具体の苦情・相談事例の中で、通常損耗か否かの判断でトラブルになりやすいと考えられるものを取りあげて検討し、一定の判断を加えることとした。
図1 判例、標準契約書等の考え方
事例の区分
事例のうち建物価値の減少ととらえられるものを、
A : 賃借人が通常の住まい方、使い方をしていても発生すると考えられるもの
B :
賃借人の住まい方、使い方次第で発したりしなかったりすると考えられるもの(明らかに通常の使用等による結果とはいえないもの)
A(+B) :
基本的にはAであるが、その後の手入れ等賃借人の管理が悪く、損耗等が発生または拡大したと考えられるもの
の3つにブレークダウンして区分した。
その上で、建物価値の減少の区分としてはAに該当するものの、建物価値を増大させる要素が含まれているものを、A(+G)に区分した(図2)(別表1)。
図2 損耗・毀損事例の区分
--------------ガイドラインP 10 本文抜粋 ここまで--------------------
≪ポイント≫
1.原状回復には、「通常損耗」「経年変化」は含まれない
2.通常損耗とそれ以外についての区別は当事者間の協議事項
3.協議事項には、不明確な部分を特約として明記し活用
4.グレードアップは、賃貸人(大家さん)の負担
原状回復の言葉の定義が示されているので、今一度お使いの契約書を確認してください。お使いの契約書で示しているつもりの「原状回復」とガイドラインの示している「原状回復」の範囲が違っていませんか? クロスの日焼けなどの経年変化・通常損耗は原状回復に含まれません。もし、含まれているなら、契約書に明確に書き示す必要があります。
「標準契約書の考え方」に書いてあるように、経年変化・通常損耗とそれ以外の区別や原状回復の内容・方法などは当事者間の協議事項とされると明記されています。
ここで勘違いしてはいけなのが、賃貸人(大家さん)に都合よく、なんでもかんでも入居者負担とする内容の特約だと裁判で負けるということです。
ガイドラインP7、この解説では第3回で「賃借人に特別の負担を課す特約の要件」で書かれているように、合理性が必要になります。ガイドラインのP48 の判例事例1で経年変化・通常損耗などを特約で賃借人(入居者)に負担させる契約で、特約が無効とされてものが紹介されています。
また、特約の合理性を認めた事案としてガイドラインP70の事例18も合わせて確認して下さい。
合理性の考え方について、私の解釈を少し述べます。
例えば、本来なら礼金が必要な物件ではあるが、礼金が不用である替わりに、通常の原状回復以上の負担をしてもらう特約なら合理的性があると考えています。
ただ、礼金が不用の場合でも、賃料が増すような契約だと話が違ってくる可能性もあります。本来、経年変化・通常損耗は、上記のガイドラインP9の図1として紹介しているように、賃料に含まれていると考えられるからです。
そして、礼金は家賃の前払いとして解釈されていますので、礼金が無い契約では入居者が賃料の前払いをしていない事になります。この事から、経年変化・通常損耗を負担させる事に合理性があると考えました。しかし、礼金が無い事により賃料を増額していれば、入居者は礼金が無い事での恩恵を受けていない事になります。
結局のところ、経年変化・通常損耗について、入居者に別途負担させる事は、難しいという事です。負担させる場合は、相場と比較して経年変化・通常損耗の負担を差し引くほど賃料が安いなどの合理性が必要になります。ただ、相場について言えば、実際は誰も正確な金額を示す事はできません。
物件の設備や立地がそれぞれ違うからです。そこで、私が提案する貸し方は、複数の契約条件を提示する方法です。
これは、第3回に書いていますので、そちらを参照してください。
では、有効な特約の活用方法が無いように思われるかもしれませんが、有効な特約の活用方法はちゃんとあります。
ガイドラインP2の図2をご覧下さい。
図の中にA(+B)があります。
これは、経年変化・通常損耗かどうか、判断が分かれる不明確な部分がある事を示しています。
ガイドラインでも明確に示す事ができない部分です。
そして、この不明確な部分を特約で明確に示す事に関しては、トラブルを未然に防ぐ意味もあり、そもそも判断の難しい部分なので合理性があるのではないでしょうか。
合理性があると言う事は、入居者に負担を求める事ができると考えます。
ガイドラインをお持ちの方は、P17~P21の別表1をご覧下さい。
P21には、風呂、トイレ、洗面台の水垢、カビ等がA(+B)として、あげられています。このような箇所を明確に特約に記載すれば、トラブルを防ぐ事もできますし、裁判でも特約自体には合理性がある範囲として認められるのではないでしょうか。
この事は、ガイドラインP57の事例9で、判例が紹介されています。
結果的に、裁判で賃貸人(大家さん)がほぼ敗訴した形ではありますが、カビの汚れについては、入居者負担が2割程度認められています。
もし、明確に示していれば2割以上負担してもらう事も可能だったかもしれません。
それに、入居者の立場になって考えれば、明確に示していれば、もっと注意して使用し、事例のようにカビを発生させるような事が無かったかもしれません。
実は、この事とが最も重要な事なのです。如何に入居者に負担させるかでは無く、如何に未然に防ぐかが重要であり、ガイドラインを策定した国土交通省が期待している効果でもあります。
ガイドライン運用で最も難しいのは、経年変化・通常損耗と善管注意義務違反・故意・過失との線引きでしょう。
賃貸人(大家さん)や管理会社からみれば、善管注意義務違反・故意・過失だと思っても、賃借人(入居者)は、経年変化・通常損耗と捕らえるかもしれない。
意見の相違が生じた場合は、結局のところ裁判によって判断してもらうしか無くなります。
その裁判も、裁判官によって客観性の違いがあることは否めません。
ただ、裁判官はもちろん、一定の基準で判断したいと考えるのが当然であり、それが過去の判例と言う事です。
法的拘束力がないとはいえ、ガイドラインP17~21の別表1損耗・毀損の事例区分(部位別)一覧が判断の目安になっていると考えます。
グレードアップは、賃貸人(大家さん)の負担部分であると明記されている図がP9とP10にあります。
グレードアップについては、次回で解説したいと思います。
【注意】
このページは個人の解釈を元に作成していますので、解説による責任はいかなる場合も一切負いかねます。ご了承くださいませ。