更新料支払特約に関するこれまでの判例
建物賃貸借における更新料支払特約に関しては、これまでの判例は、いずれも、その金額が相当である限り有効であると判断してきました。
すなわち、東京地裁昭和56年11月24日判決では、「建物賃貸借における更新料支払の合意はその金額が相当である限り、借家法六条に反しない」と判断され(出典:判例マスター、判タ467号122頁)、また、東京地裁昭和54年9月3日判決では、「
建物賃貸借契約中、更新料として賃借人が賃貸人に対し、賃料の三か月分相当を支払う旨の特約がある場合において、更新料の額が相当額である限り更新料支払の合意は借家法6条を潜脱するものではない」として、「右の特約を賃料の2か月分とする限度において有効」と認めています(出典:判例マスター、判タ402号120頁)。
以上のとおり、建物賃貸借契約における更新料支払特約は、これまでの判例でも、その金額が相当の範囲内であれば借地借家法に反せず有効であると判断されてきました。
更新料の法的性質
建物賃貸借契約における更新料の法的性質については、賃料の前払の性格を有するとする判例が一般的ですが、更新料の金額や契約の内容によっては、場所的利益の対価の性格を認めている判例もあります。
すなわち、東京地裁昭和48年12月19日判決によれば、「契約更新の際当事者間で授受される更新料の性質をどのように把握するかについては、種々の考え方の存するところであるが、本件賃貸借のように、5年の賃貸期間に対し、店舗については約11か月分の賃料相当の更新料が、また居室についても、約3か月分の賃料相当の更新料が、それぞれ授受されている場合には、単に将来の賃料の補充としての賃料の前払いの意味だけでなく、営業上の利益もしくは場所的利益に対する対価としての意味をも包含しているものと解するのが相当である。」と判断しています(出典:判例マスター、下民24巻9~12号906頁)。
また、東京地裁平成2年11月30日判決によれば、「
本条の文言上「更新の場合」として、更新料の支払に関して更新の事由を限定していないこと、右更新料は実質的には賃料の一部の前払いとしての性質を有するものと推定される」と判断しております(出典:判例マスター、判時1395号97頁)。
更新料支払特約と法定更新との関係
更新料支払特約が存在する場合において、法定更新の場合にも更新料支払義務が発生するかについては、判例は見解が分かれています。
すなわち、東京地裁平成2年11月30日判決によれば、「本条の文言上「更新の場合」として、更新料の支払に関して更新の事由を限定していないこと、右更新料は実質的には賃料の一部の前払いとしての性質を有するものと推定されること、賃借人が更新契約をせずに法定更新された場合には更新料の支払義務を免れるとするとかえつて賃貸人との公平を害する恐れがあることなどを考えると、本件賃貸借契約においては法定更新の場合にも本条の適用があり、被告は更新料の支払義務を負うものと解するのが相当である。」と判断して、更新料支払特約について、法定更新の場合にも適用があることを認めています。(出典:判例マスター 判時1395号97頁)。同判例以外にも、建物賃貸借契約における更新料支払特約を認めた判例としては、東京地裁平成4年1月23日判決(判時1440号107頁)、東京地裁平成5年8月25日判決(判時1502号126頁)、東京地裁平成9年6月5日判決(判タ967号164頁)、東京地裁平成10年3月10日判決(判タ1009号264頁
)、東京地裁平成12年9月29日判決(判例マスター)等があります。
他方、更新料支払特約について法定更新の場合には適用されないと判断した判決としては、東京地裁平成2年7月30日においては、「そもそも法定更新の際に更新料の支払義務を課する旨の特約は、借家法一条の二、二条に定める要件の認められない限り賃貸借契約は従前と同一の条件をもつて当然に継続されるべきものとする借家法の趣旨になじみにくく、このような合意が有効に成立するためには、更新料の支払に合理的な根拠がなければならないと解されるところ、本件において法定更新の場合にも更新料の支払を認めるべき事情は特に認められないから、この点からしても本件賃貸借契約における更新料支払の特約は合意更新の場合に限定した趣旨と解するのが相当である。したがつて、本件更新料の請求は理由がない。」と判断して、法定更新の場合について、更新料支払特約の適用を否定している。同様に、更新料支払特約が存する場合において、法定更新の場合には適用されないと判断した判例としては、東京地裁平成4年1月8日判決(判時1440号107頁)、東京地裁平成9年1月28日判決(判タ942号146頁)、東京地裁平成12年9月8日判決(判例マスター)、京都地裁平成16年5月18日判決(裁判所ホームページ)、東京地裁平成16年7月14日判決(判例マスター)、東京地裁平成16年10月28日判決(判例マスター)等があります。
以上のとおり、更新料支払特約が存在する場合でも、それが法定更新の場合にまで適用されるかについては判例上も見解が分かれておりますので、法定更新の場合にも更新料を請求する場合には、少なくとも契約上更新料支払特約が法定更新の場合にも適用されることを明記することが必要であると考えられます。
消費者契約法施行後の判例の動向
上記のとおり、更新料支払特約については、法定更新の場合には判例も見解が分かれていますが、通常の合意更新の場合には当然有効であると判断されてきておりました。そして、更新料支払特約については、近時の消費者契約法10条との関係でその有効性が争われた事案においても、これまでと同様に有効であると判断されており、消費者契約法に反しないと判断されております。
更新料支払特約について消費者契約法との関係で争われた判例としては、東京地裁平成17年10月26日判決がありますが、その判決の内容は下記のとおりです。
事案の概要は、契約期間が2年間で、家賃が月額5万5000円、更新料として家賃の1ヶ月分を支払う定めがあり、更に、自動更新特約として「契約期間満了の2か月前までに契約当事者らから何らの申出がない場合、2年間の契約期間が更新され、それ以降の期間満了についても上記と同様に契約期間が更新される。その契約期間更新の際、賃借人は、更新料として賃料の1か月分を支払う。」がある場合について、更新料支払特約の有効性が判断されたものです。
当該事案において、裁判所は、次のように判断しました。
(1) 本件更新特約は、本件賃貸借期間の契約期間満了の2か月前までに契約関係者らから特段の申し入れがないことを条件として、契約期間満了とともに自動的に2年間の契約期間が更新される一方で、控訴人は、被控訴人に対し、本件更新特約に定められた更新料の支払義務を負うことが定められた条項であると解される。このように本件更新特約は、更新料という負担はあるが、期間満了後の使用継続状況をもって、期間の定めのあった建物賃貸借契約が期間の定めのない賃貸借契約、すなわち、正当事由を必要とするものの、原則として解約の申し入れから6か月で賃貸借契約が終了するという契約関係になることを防ぎ、控訴人に対し、2年間という契約期間は本件居室についての賃借権を確保するものであり、むしろ、本件更新特約は、上記の点において、控訴人の賃借人としての権利を実質的に強化するものであると評価できる。
(2) 以上によれば、本件更新特約に基づく更新料の支払は、前記でいう賃借人としての権利を実質的に強化することに対する対価、賃貸人側から見れば強化された本件賃貸借契約関係を承諾することに対する対価ともいうべきものと考えられ、これに本件更新特約に定める更新料の金額が1か月分の賃料相当額とされている点にかんがみても、本件更新特約が消費者契約法及び借地借家法の趣旨に反し、建物賃借人に不利な特約、又は民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の権利を一方的に害する特約であるとはいえず、この点に関する控訴人の主張は理由がない。(出典:判例マスター、賃貸マンション更新料問題を考える会ホームページhttp://www.koushinryou.net/index.html)
このように、消費者契約法との関係で争われていた事案においても、建物賃貸借契約における更新料支払特約については、有効であるという判断が示されております。
その上、平成17年の上記東京地裁判決において注目されるのは、自働更新特約により、契約期間満了毎に合意更新契約を締結しなくても、自動的に契約期間が2年間更新されるとする特約を賃借人の権利を実質的に強化するものとして有効と判断している点です。すなわち、自働更新条項が有効と判断される結果、更新料支払特約と相まって、契約期間満了毎に合意更新契約を締結しなくても、法定更新されることなく新たに賃貸借契約が更新され、賃貸人は賃借人に対し当然に更新料を請求することが可能となり、賃貸人は契約終了するまで安定的に更新料を取得することが可能となります。以上のように、平成17年の東京地裁判決は、更新料支払特約だけでなくその前提となる自働更新条項についても有効であると判示している点で、注目すべき判決であると思います。
京都地裁平成20年1月30日判決
以上のこれまでの更新料に関する判例を踏まえて、今回下された京都地裁平成20年1月30日判決を見て頂きたいと思います。今回の京都地裁の判決の内容は以下のとおりです。
事案の概要は、賃借人が、2000年8月、1年ごとに更新料2カ月分10万円を支払う契約で市内の賃貸マンションに入居し、05年8月までに計50万円を納めた。退居後の昨年4月に賃貸人に対して既払いの更新料の返還を求める訴えを提起したものです。
当該事案において、裁判所は、次のように判断しました。
(1) 自働更新条項について
原告と被告は、本件賃貸借契約において自働更新条項(本件約款第21条)を設け、更新時に特段の合意をしない場合においても、本件賃貸借契約を自動的に、家賃・共益費等の金額に関する点を除き、従前と同様の条件で更新し、その際、原告が被告に対し更新料10万円を支払う旨合意しているから、本件賃貸借契約においては、法定更新が行われる余地はなく、当事者間の合意による更新又は本件約款第21条による自働更新のみが予定されており、いずれの場合においても本件更新料約定に基づく更新料の支払が合意されていることになる。
(2) 更新料の法的性質
1更新拒絶権放棄の対価(紛争解決金)・賃借権強化の対価の性質について
ア 更新料が授受され合意更新が行われる場合、賃貸人は、更新拒絶の通知をしないで、契約を更新するのであるから、更新料は、更新拒絶権放棄の対価の性質を有する。
また、法定更新の場合(更新後は、期間の定めのない賃貸借となり、賃貸人からいつでも解約申入れが可能となる。)とは異なり、合意更新により更新後も期間の定めのある賃貸借となる場合には、賃借人は、期間満了まで明渡しを求められることがない上、賃貸人が将来、更新を拒絶した場合の正当事由の存否の判断にあたり、従前の更新料の授受が考慮されるものと考えられるから、更新料は、賃借権強化の性質を有する。
イ もっとも、常に更新拒絶や解約申入れの正当事由があると認められるものではなく、特に、本件のように専ら賃貸目的で建築された居住用物件の賃貸借契約においては、正当事由が認められる場合は多くはないと考えられるし、本件賃貸借契約の期間は1年間と比較的短期間であり賃借権が強化される程度は限られたものであるから、本件更新料の有する、更新拒絶権放棄の対価・賃借権強化の対価としての性質は希薄である。
2賃料の補充の性質について
ア 上記のとおり、本件更新料の有する、更新拒絶権放棄の対価及び賃借権強化の対価としての性質は希薄であるにもかかわらず、原告と被告は、更新料支払の約定のある本件賃貸借契約を締結している。
このような契約当事者の意思を合理的に解釈すると、賃貸人は、1年目は、礼金と家賃を加算した金額の売り上げを、2年目以降は、更新料と家賃を加算した金額の売り上げを期待しているものと考えられ、他方、賃借人は、更新料を含む経済的な出指を比較検討した上で、物件を選択しているとみることができる。そして、原告又は被告が、これと異なる意思を有していたことを認めるに足りる証拠はない。
イ このように、本件更新料は、本件物件の賃貸借に伴い約束された経済的な出損であり、本件約定は、1年間の賃料の一部を更新時に支払うこと(いわば賃料の前払い)を取り決めたものであるというべきである。
(3) 本件約定が民法90条により無効といえるか
本件更新料は、その金額、契約期間や月払いの賃料の金額に照らし、直ちに相当性を欠くとまではいえないから、本件約定が民法90条により無効であるということはできない。
(4) 本件約定が,消費者契約法10条により無効といえるか。
1消費者契約法10条前段の要件(「民法、商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の義務を加重する消費者契約の条項」)を満たすか。
本件更新料が、主とじて賃料の補充(賃料の前払い)としての性質を有していることからすると、本件約定は、「賃料は、建物については毎月末に支払わなければならない」と定める民法614条本文と比べ、賃借人の義務を加重しているものと考えられるから、本件約定は、上記要件を満たす。
2消費者契約法10条後段の要件(「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」)を満たすか。
I
本件更新料の金額は、契約期間や賃料の月額に照らし、過大なものではないこと
II
本件更新料約定の内容は明確である上、その存在及び更新料の金額について原告は説明を受けていることからすると、本件約定が原告に不測の損害、不利益をもたらすものではないこと等を併せ考慮すると、本件約定が上記要件を満たすものとはいえない。
(5) 結論
以上より、本件約定が消費者契約法10条により無効であるということはできない。
今回の京都地裁判決についての評価
以上の今回の京都地裁の判決は、平成17年の東京地裁判決と自働更新特約の有効性及び更新料支払特約の有効性について、いずれも同趣旨の判断を示したものであると評価できると思います。その意味で、今回の京都地裁の判決は、従来の裁判所の判断を踏襲したものであると言えます。したがって、今回の京都地裁の判断は建物賃貸借契約における更新料支払特約に関して常識的な判断をしたものであると思いますので、今後もこの判断が判例において維持される可能性は高いのではないかと思います。
但し、今回の京都地裁の判決では、1年毎の更新における更新料額が賃料2カ月分という京都特有の地域的な慣行による更新料支払特約についても消費者契約法には違反しないという判断を示した点で、更新料支払特約における更新料の金額の相当な範囲を判断する上で、非常に参考になる判断基準を示した判例ではないかと思います。
なお、今回の京都地裁の判決に対して被告側は直ちに控訴したということで、当該事案については今後は、大阪高裁で争われることとなりました。このため、今後、大阪高裁で当該事案のような内容の更新料支払特約についてどのような判断が示されるか注目する必要があると思います。