最近、各地で、主に外国人グループによるいわゆるピッキング、すなわち特殊な金属棒等を用いて鍵を壊すことなく施錠を解くことによって室内に侵入し、窃盗等の犯罪を行う事件が多発するようになりました。
そして、ピッキングは、主としてマンションや共同住宅の玄関のシリンダー錠が狙われていることから、賃貸管理業者にとっては、自己の管理物件がピッキングによる被害を受ける危険性が極めて増大しております。
この結果、昨今、賃貸管理業者が、自社の管理物件において、賃借人がピッキングによる被害を受けた場合、賃貸管理業者としては、どのような場合に責任を問われることになるのかが、重大な問題として持ち上がってきております。そこで、建物賃貸借契約においては、賃貸人は、賃貸物件の鍵について何処まで注意義務が要求されているのかについて検討いたします。
建物賃貸借契約においては、賃貸人は、賃借人に対して、賃貸物件を使用収益可能な状態にて賃借人に提供すべき義務を負っております(民法601条)。
そして、この賃貸人の使用収益させる義務は、賃貸物件の設備や仕様によって全く異なってくるものであります。
すなわち、賃貸物件に、空調設備、給湯設備が設置されている場合には、それらの諸設備も賃貸物件に付随して賃貸していることになりますので、賃貸人としてはそれらの諸設備の維持管理も使用収益させる義務の内容となってくるものです。
ところで、賃貸物件の玄関ドアに鍵が存在し、それが十分に機能しているものであることが、賃貸人の使用収益させる義務に含まれるかは、上記と同様に、賃貸物件の仕様等に関わってくるものです。
すなわち、物件を賃貸するにあたり、その物件に鍵が備わっていることが当然のこととして予定されているのであれば、賃貸人の使用収益させる義務の内容には、賃貸物件に鍵を設置するだけでなく、その鍵が十分に機能するものであることも含まれることになります。
この点、今日の建物賃貸借においては、賃貸物件には鍵設備が施されているのが一般であるため、鍵設備を施さない旨の特約や鍵設備は賃借人の負担とする旨の特約の存在しない限り、賃貸人の使用収益させる義務の中には、通常、賃貸物件に鍵を設置した上その鍵が十分に機能するものであることも当然に含まれるものといえるでしょう。
そこで、賃貸人としては、如何なる程度の鍵設備を施せば使用収益させる義務を尽くしたと言えるのかが、ピッキングとの関係で問題となってきます。
この点、賃貸借契約に関する判例は見あたりませんが、ホテルにおける宿泊契約において、ホテル側が、宿泊客に対して客室の鍵を交付しなかった事により盗難にあった場合にホテルの損害賠償責任を認めた判例(東京地裁昭和56年8月28日)や、警備会社が充分な警報装置を設置しなかったために起きた盗難事故について損害賠償責任が認められた判例(名古屋地裁平成2年3月1日判決)が存在します。
このような判例によれば、賃貸物件について鍵設備が施されており、鍵が無ければ開錠できない構造になっているのであれば、通常、賃貸人の使用収益させる義務は尽くされているものと考えられます。
しかし、今後ピッキングが益々横行し、ピッキングの被害を受けやすい鍵の形状等が容易に予測しうる状況になった場合には、単に鍵設備を施しているだけでは足りず、その鍵設備がピッキングに強いものでなければ、鍵設備が無いのと同視される危険性が出てきます。そして、そのような事態に至れば、賃貸人は、単に鍵設備を設置しただけでは、使用収益させる義務を尽くしていないとして損害賠償責任を問われる場合も十分にあり得るでしょう。
以上の点から、今後、外国人犯罪の増大に伴い、益々ピッキングも横行することは明白である以上、賃貸管理業者としては、少なくとも、新たに賃貸する物件についてはピッキング対策の施された鍵設備を設置することが必要になってきているものと考えられます。