建物賃貸借契約における共益費の法的な根拠
共益費とは、建物賃貸借契約において、共用部分の清掃費、電気代、保守管理費等の費用に充てるために、賃借人との間で定める定期金のこととを言い、賃貸部分の使用の対価である賃料とは別個に授受される場合がこれにあたります。
共益費については、民法上直接定めた規定は存在せず、民法306条、307条において共益費用の先取特権が定められているのみです。
したがって、共益費については、契約自由の原則の下、当事者間における共益費に関する約定がその法的根拠となり、判例においても、共益費の特約を認めた判例が多数存在します。(東京地裁八王子支部昭和63年9月20日判決、東京地裁平成4年1月23日判決等)。
なお、共益費の法的性質については、共用部分の使用の対価であり実質的な賃料であるという考え方が一般的ですが、水道光熱費、清掃衛生費、冷暖房費等の付加使用料の性質を有する場合もあります。
物上代位とは何か。
抵当権者が、担保目的物について、売却、交換等の処分、賃貸、滅失、損傷等の事態が生じたときに、当該担保目的物の所有者が、第三者から得られる金銭その他の代替物に対して、当該所有者に優先して、その金銭その他の代替物を取得できる制度を言います。(民法372条、304条)。
そして、担保目的物が、不動産であり、当該不動産において所有者が第三者に賃貸していた場合には、所有者が賃借人から取得する賃料は、当該不動産の価値が一部実現され、当該不動産の価値代替物の一部と評価されるものであるため、賃料についても物上代位の効力が及ぶとするのが判例の考え方です(最高裁平成元年10月27日判決)
しかし、この場合に、物上代位の対象となるのは賃料のみであり、共益費は、物上代位の対象とならないとする判例が存在します(東京高裁昭和63年9月20日判決)。裁判所が、物上代位の対象として、共益費を含まないとする理由は、共益費が、建物の維持管理のために支払われる費用であり、建物の価値代替物である賃料とは性格を異にすることに理由があると考えられます。
また、実際上も、建物の維持管理費に充てるべき金員まで差し押さえの対象となれば、建物の維持管理が不可能になり、他の賃借人にも多大の迷惑を及ぼすことになり(東京地裁平成16年7月22日判決)となり、また、建物の実際の価値も大幅に減価することになるため、そのような事態を避ける必要性が高いためです。
共益費設定の必要性
以上のとおり、物上代位の対象は、賃料のみであり、共益費は含まれないと一般に解されておりますが、物上代位により賃料が差し押さえられても、共益費については、賃貸人は賃借人から取得しうるものであり、少なくとも建物の維持管理に必要な最低限の費用は支出することが可能と考えられます。
したがって、賃貸人にについて抵当権者より物上代位による賃料差押を受けても、建物の維持管理に必要な費用を確保するために、賃料とは別に共益費を定めておく必要性は高いものと考えられます。すなわち、物上代位によるなされた場合に、共益費を別に定めておかないと、例えばエレベータの停止や適切な清掃が行われないなど、差押後の適切な管理が行えなくなることを避けるために必要なものと考えられるものです。
差押物件のその後の管理について
(1) 賃料差押後の建物管理
賃料差押後、建物の管理の委託を受けていた管理業者が、建物所有者との間の管理委託契約を解除、その他の原因により終了しない限り、管理委託契約はそのまま継続することとなります。
したがって、賃料差押後も、従前から管理していた管理業者は建物所有者との管理委託契約が終了しない限り、差押後も引き続き建物の管理を行うこととなります。
(2) 差押後の管理委託料
賃料差押後、これまで管理委託料を賃料収入から支出していたとすれば、賃料差押後は、その支払いは不可能となります。この場合には、共益費から管理委託料を支出するほかありません。
なお、判例の中には、共益費の定めがない場合に、賃料差押後に、賃貸人と賃借人が賃料の一部を共益費に変更する合意を有効であると判断した判例も存在します(東京地裁平成16年7月22日)。
したがって、賃貸借契約書に共益費の定めがある場合でも、その金額が過小であり建物の維持管理に必要な費用に充たないと認められる場合には、当事者間で、賃料の一部を共益費に変更することも許される場合もあることが考えられます。
このため、従前取得していてた管理委託料については、その費用額を共益費に含ませて増額しなければ、建物の維持管理ができないと認められるような場合には、その費用額を共益費に変更することも可能ではないかと考えられます。
差押された物件で「共益費」、「管理委託手数料」等が問題となった事例
判例の中には、上記のとおり、賃料を共益費に変更する合意について、これを有効とする判例がありますが、管理費の変更が、差押債権者との関係で刑法96条の2の財産隠匿行為に該当すると判断した判例もあります(福岡高裁那覇支部平成11年7月29日判決)。したがって、賃料を差押後に共益費に変更する場合には、財産隠匿罪の嫌疑を受ける場合もありますので注意する必要があります。
賃貸人破産時の対応スキームについて
賃貸人が破産した際には、賃貸物件は、破産管財人より破産財団から放棄されない限り、破産管財人の管理下におかれます。しかし、抵当権者は物上代位も含めて破産手続中は別除権を有しており、破産手続中も優先的に賃料債権の物上代位を行うことができます。また、管理委託契約は委任契約の一種ですので、賃貸人が破産した場合には管理委託契約も当然に終了します。
したがって、破産後も、管理会社が管理を継続する場合には破産管財人との間で管理委託契約を別途締結する必要があります。