弁護士・亀井英樹先生の法律ノウハウ
耐震性不足と正当事由に関する判決について
第1 建物賃貸借契約の更新拒絶事由
東日本大震災以来、日本中どこでも大地震が発生する可能性が高いことが指摘されています。しかし、借地借家法に定める正当事由として耐震性が不足した場合について正当事由として認められるのかについては、最近いくつか判例が出されるようになってきました。
今回紹介する東京地方裁判所平成24年8月27日判決は、耐震性がどの程度不足する場合に正当事由が認められるのか、正当事由が認められるためには、立ち退き料としてどのような費用が必要になるのかという点について参考になると思いますので紹介致します。
第2 事案の概要等
- 事案の概要
本件は、原告がその所有する建物の一室を賃借している被告に対し、建物の耐震性能の不足、老朽化、再開発計画の存在等を理由として、賃貸借契約の解約申入れにより同契約は終了したとして、所有権ないし前記賃貸借契約終了に基づき、主位的には貸室の明渡を、予備的には立退料給付と引換に貸室の明渡を、また、賃料相当損害金の支払を、それぞれ求めた事案である。
- 前提事実
- (1)中央施設株式会社(以下「中央施設」という)は、被告に対し、平成18年7月4日、別紙物件目録記載の建物(本件貸室。なお、本件貸室のある建物全体を「本件建物」という)を以下の条件で賃貸し(以下「本件賃貸借契約」という)、引き渡した。なお、本件賃貸借契約は、平成20年7月4日以降、賃料を月額20万9475円(うち消費税9975円)とするほかは同様の約定で更新された(甲1、2、弁論の全趣旨)。
- ア期間 平成18年7月4日から2年間
- イ賃料 月額19万9500円(うち消費税9500円)
- ウ共益費 月額1万9950円(うち消費税950円)
(以下賃料と共益費を合わせて「賃料等」という)
- エ支払 毎月25日までに翌月分の賃料等を支払う
- オ解約 賃貸人は6か月、賃借人は3か月の予告期間をおいて解除することができる。
- (2)原告は、平成21年3月18日、中央施設から本件建物を買い受けて本件賃貸借契約に基づく賃貸人の地位を承継し、被告は同年3月24日にこれを承諾した(甲2)。
- (3)同年5月、原告は、被告に対し、本件建物を含む周辺地域の開発計画に着手したいこと、本件建物は竣工後50年が経過し、設備の老巧化や施設機能が不十分な状況にあること、旧耐震基準に基づき設計・建築された建物であること等を理由として、同年11月末日を目途に本件賃貸借契約を解約したい旨を申し入れたが、被告はこれに応じなかった。
そこで、原告は、被告に対し、平成22年1月26日、本件賃貸借契約の解約に関する特約に基づき、同年7月末日をもって解約する旨を通知した(甲3、4)。
- (4)被告は、本件貸室に入居後、a治療室の屋号で鍼灸按摩マッサージ指圧師として稼働している。
第3 判旨
- 以上を前提に、まず正当事由の有無について検討する。
原告は、本件建物を取り壊して、その敷地を周辺土地と一体として鉄骨造・一部鉄骨鉄筋コンクリート造の地下1階、地上8階建ての店舗・事務所用ビル(延床面積6600m2)を建築する再開発計画を有しており、本件建物の本件貸室を含む2室以外については計画地内の立ち退き及び建物解体が完了している。
そして、本件建物は、建築から50年以上が経過しており、外見上、東側外壁面のコンクリートに、浮き・剥離が見られるほか、樋等の変形や劣化、建物内外部のひび割れが散見される状態であり、また、コンクリート中性化調査では、調査箇所の80%で中性化深さがコンクリートのかぶり厚さの基準値を超えていて鉄筋がさびやすい環境になっていると推測されている。
また、本件建物の耐震性能は、Is値が、X方向(南北方向)正加力(北→南)に対して1階と2階が、同方向負加力(南→北)、Y方向(東西方向)正加力(西→東)及び同方向負加力(東→西)に対して1階ないし3階が構造耐震判定指標0.6を下回っており、震度5強以上の地震が発生した場合、本件建物が中破する可能性は高く、場合によっては大破する状況も想定される。
さらに、これを踏まえた耐震補強工事及び保全改修工事の概算費用は、耐震補強について1300万円、保全改修について5600万円ないし5800万円(工期4か月)を要するものであり、原告提出の鑑定評価書(甲32)、被告提出の調査報告書(乙8)のいずれにおいても本件建物の再調達価格が約7100万円とされていることからすれば、耐震補強のみを行うとしても再調達価格の約2割、コンクリートの中性化対策やひび割れ補修など建物の保全に必要な費用を含めれば再調達価格に匹敵する支出が必要となる。
本件建物がすでに建築後50年を経ていることからしても、建物所有者である原告が、再調達価格に比して高額な負担をして、耐震補強及び保全改修工事を行って、現状の本件建物を維持するのは、競合する物件との競争力の観点からも必ずしも推奨されるものではなく、原告が建替を選択する場合には、当該選択には合理性があるものというべきである。これは、原告が建替目的で本件建物を取得したとしても、また、当該建替えによって周辺土地の再開発の目的が達せられる場合であっても、何ら変わるものではない。
被告は、自らの稼働により蓄えた独立資金をもって、平成18年から本件貸室で鍼灸マッサージの治療室を経営して生計を立てており、相応の資本投下を行って、年間1000万円を超える売上を計上していることがうかがえ、本件貸室での営業継続の必要性は高いものといえる。
しかし、その業態に鑑みると、店舗は必ずしも建物一階の路面店でなければならないものではなく、また、本件貸室周辺への移転であれば顧客離れの懸念等も大きなものではないところ、本件建物周辺は中高層の事務所ビルが建ち並ぶ地域であることからすると、代替物件への移転は可能である。
以上の事情を総合考慮すると、原告が本件貸室の明渡を求める事情は相応の理由があるものであり、被告が本件貸室の利用を必要とする事情も大きなものではあるが、移転に当たって適当な立退料の支払がされる場合には、本件賃貸借契約の解約に正当事由があるものというべきである。
なお、被告は、立退交渉における原告側の対応や、周辺土地での工事騒音等の対応を論難するが、利害が相対立する当事者間において想定される折衝の限度を超えた、正当事由の検討に当たって考慮すべき事情があったことを認めるに足りる証拠はないから、採用しない。
- そこで、さらに立退料の金額について検討する。
- (1)借家権について
原告は、本件契約における被告の借家権の存在を否定する。たしかに、本件賃貸借契約においては、家賃の9か月分の保証金及び1か月分の償却金の授受があるが、前者は返還が予定されたいわゆる敷金と同性質の金員であり、後者もわずか1か月分の金員であるから、これらはいわゆる権利金の授受であったとはいえない。
また、本件賃貸借契約は、原告による解約申入れの時点では約4年間存続していたにすぎない。してみると、本件において、被告にいわゆる借家権があるかどうかについては検討すべき点がないわけではない。しかし、本件において借家権の存否が問題となるのは、不随意の立ち退きを迫られる被告に対し、いかなる補償をすべきかという観点から、法的に保護すべき(補償すべき)権利、利益があるかを検討する必要があるからである。
そして、前記のとおりの正当事由の存否についての検討に照らせば、被告に対しては、借家権といわれるもののうちの一定額に当たる金員の補償をすべきである。
そこで、さらに借家権の算定について検討する。
中略
これら3つの試算を均等に関連づけて、借家権価格を549万円と査定する。そして、正当事由の補完としての立退料の金額を検討する場合、借家権価格の全てが必ずしも補償されるものではないことに照らせば、このうち350万円を補償すべきものと認める。
なお、このような観点から借家権価格を検討して補償を行う以上、賃料差額についての補償(借家人補償)は、借家権評価に含まれるものとして、別途、補償を要しないものというべきである。
なお、念のため検討すると、乙第8号証に基づき、賃料差額補償は、標準家賃(共益費込み)を8773円/m2、31.4m2として27万5472円とし、現行賃料との差額5万6972円の24か月分の136万7328円、一時金補償は、預り金差額の金利補償として、標準家賃(共益費抜き)を8168円/m2、預り金の月数を12か月として標準預り金を307万7702円とし、現在の預り金額171万円との差額136万7702円について、運用利回り2.5%、複利年金原価率8.7521を乗じて29万9257円、賃料前払金補償として、共益費抜きの1か月分の賃料25万6475円の合計192万3060円と試算することができるが、これは前記補償額を下回るものであって、別途の補償をすべき必要性も認められない。
- (2)
移転にともなう内装等の費用としては、本件貸室で被告が営業を開始する際に要した費用のうち転用不可能なものから推定することとし、前記1(6)のとおり、244万4571円と認める。
- (3)
動産移転料については、原告の報告書(甲24)、被告の調査報告書(乙8)とも、2t貨物自動車3台分とする点は一致しているので、これについて1台2万2100円として6万6300円を認める。
- (4)
移転雑費補償については、移転先選定費を標準家賃(共益費抜き)8168円/m2として仲介手数料1か月分として25万6475円と(乙8)、その他法令上手続費用を2080円、移転通知費、移転旅費その他雑費を4万3070円と(甲24)認めるので、合計は30万1625円となる。
- (5)
営業休止補償については、証拠(甲21、24、乙84)から、月間売上高を平成23年分の売上金額の12分の1である94万0250円とした上で、得意先喪失補償を売上減少率120%、限界利益率94.8%として106万9628円と、収益減補償を標準的営業利益率4.5%、営業休止期間を1か月として4万2311円と、固定的経費補償を固定的経費率4.6%、営業休止期間を1か月として4万3251円と、従業員給与補償を一人当たり月間人件費28万1000円、補償率80%、営業休止期間1か月として22万4800円と、それぞれ認める。これらの合計は137万9990円となる。
- (6) よって、原告は、本件においては上記の合計769万2486円の立退料を提供すべきである。
- 今回の判決について
今回の判決は、耐震性が劣る建物について耐震補強が必要となる場合に、どの程度の耐震補強が必要となる場合に正当事由として認められるのかという点に関して参考になるのではないかと思います。
また、正当事由の補完として立ち退き料が必要となる場合、立退料の算定方法として、店舗の場合には、借家権価格全額の必要は無いことや、内装費用、動産移転料、移転雑費補償、営業休止補償等の費用が算定の基礎となることが判断されており、その点でも、旧耐震建物において建て替えを検討している場合の参考になると思います。
2013.04/30
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亀井英樹(かめいひでき)
東京弁護士会所属(弁護士)
昭和60年中央大学法学部卒業。平成4年司法試験合格。
平成7年4月東京弁護士会弁護士登録、ことぶき法律事務所入所。
詳しいプロフィールはこちら ≫
【著 作 等】
「新民事訴訟法」(新日本法規出版)共著
「クレームトラブル対処法」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修
「管理実務相談事例集」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修
「賃貸住宅の紛争予防ガイダンス」((公財)日本賃貸住宅管理協会)監修